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「歴史に残された未曽有の5種目完全優勝の裏で」 - 江口 正純さん(鹿児島市)

▼太陽国体で、県軟式庭球連盟(現:県ソフトテニス連盟)の副理事長、強化委員長及び強化指定選手を務め、5種目完全優勝の偉業に貢献した、江口正純さん。現在は、県ソフトテニス連盟の名誉会長を務める江口さんに、「太陽国体の思い出」を投稿していただきました。

 

「言うことなし! 〝軟庭一家 〟」
「見た…… 〝純血の底力 〟」     (※表題は、執筆年代・状況等を考慮し、発行当時のまま掲載しています。)

先ず高校男女、教員の3種目で優勝し総合優勝を決めた後に、最終日まで勝ち残っていた一般男女も続けて優勝。その結果、5種目完全優勝という国体史上初めての偉業を成し遂げた鹿児島県軟式庭球連盟を称えるため、南日本新聞スポーツ面のトップに大きく掲げられた活字が表題です。
国体参加人員の減で教員種目がなくなり、少年男女、成年男女の4種目となっている現在では、この偉業は後世にまで語り継がれることになったのですが、そのきっかけは太陽国体の5年前に遡る出来事でした。
国体を迎えるためには先ず強固な組織づくりをしようということになり、そのためには、中心となる県連の理事長に、鹿児島大学軟式庭球部の顧問をされていた、四本健光教授(前教育学部長)を担ぎ出すことが最優先課題でした。
お願いに伺った私は、「私が副理事長に就いて、皆が連盟の全てを手分けして頑張るので、全種目のまとめ役として是非御登場願いたい」と相談申し上げました。
四本教授は皆の熱意を強く受け止められ、御快諾されましたが、その人格、識見、包容力によって皆がしっかりまとまることになり、後顧の憂いなく強化に専念できることになりました。
次に申し合わせたことは、本県出身で本県在住の選手のみでチームを編成し試合に臨むことでした。
それまでの開催県は、総合優勝を狙うためにその県とは縁もゆかりもない前年度の全国社会人・学生選手権の優勝者を2~3年だけ雇い入れる仕組みを続けていましたが、本県としては、太陽国体を契機に県全体の競技力を強化拡充することを徹底してみようと、地元出身者を呼び戻すことにしました。
最も心配していた一般女子は、指宿観光ホテルが実業団チームの就職先になって優秀な選手達を引き受けてくださることになり、インターハイで個人・団体で優勝の経験をもった指宿商業高校卒の選手達を、全国各地の実業団から呼び戻すことができました。
次に取りかかったことは、手の内を見せたくないなどの理由で、生徒達を合同の強化練習に参加させることを渋っておられた顧問の先生達への説得でした。
県内で勝てればそれで良いのか、全国レベルに届かせるためには切磋琢磨して、一緒に練習するべきではないのかと話し合いを続け、皆から了解を得ることができたのです。
その上で中学校の選手の中から後衛20名、前衛20名を選抜し、各々の御父兄には、男女の各強化指定校(高校)への入学をお薦めすることにしました。
形が整い始めてからは、更に練習の充実度を高めるために、5種目全部の強化合宿等を月に1~2回ずつ開催すると共に、合宿では、精神面の強さを求めていくため、座禅も取り入れました。
こうして、かねての練習や試合を通じて、5種目完全優勝も夢ではないと実感し始めてこられた四本理事長は、国体前年の12月に東京で開かれた全国の理事長会で「来年の鹿児島大会(太陽国体)では5種目全部で優勝しますので皆さんの御協力をお願いしたい」と発言し、満場の笑いを呼びつつ盛大な拍手を受けながら帰ってこられました。
いよいよ始まった大会では接戦が続き息詰まる試合が展開されましたが、5種目完全優勝の偉業を成し遂げ、厳しくも温かい強化スタッフに支えられて苦しい練習に耐え抜いた選手、そして監督の総勢35名の名前は東開テニスコートに建立されている「太陽国体完全優勝記念の碑」によって永久に残ることになったのです。

 

 
 江口さんと「太陽国体完全優勝記念の碑」 鹿児島県の軟式庭球選手団(太陽国体)